History : ウズベキスタンウズベキスタン
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ウズベキスタン共和国(ウズベキスタンきょうわこく)、通称ウズベキスタン は中央アジアに位置する旧ソビエト連邦の共和国。首都はタシュケント(タシケント)。 北にカザフスタン、南にトルクメニスタンとアフガニスタン、東でタジキスタン、キルギスと接する。国土の西部はカラカルパクスタン共和国として自治を行っており、東部のフェルガナ地方はタジキスタン、キルギスと国境が入り組んでいる。 国境を最低2回超えないと海に達することができない、いわゆる「二重内陸国」の一つである。
- 国名正式名称はウズベク語で、O'zbekiston Respublikasi(オズベキスターン・レスプブリカスィ)。通称は、O'zbekiston。 公式の英語表記は、Republic of Uzbekistan。通称、Uzbekistan。 日本語の表記は、ウズベキスタン共和国。通称、ウズベキスタン。 国名は、ウズベク人の自称民族名 O'zbek(オズベク)と、ペルシア語で「~の国」を意味する -istan (ウズベク語では-iston)の合成語である。オズベクは、テュルク語で「自身が主君」を意味し、一説にはジョチ・ウルス(キプチャク・ハン国)のウズベク・ハン(オズベク・ハン)の名に由来するといわれる。
- 歴史ウズベキスタンの国土の中央部は、古代よりオアシス都市が栄え、東西交易路シルクロードの中継地ともなってきたトランスオクシアナ地域の大部分を占める。この地域は古代にイラン系のソグド人が活躍したが、8世紀にアラブ人によって征服され、宗教的にはイスラム化した。10世紀にはテュルク民族が進出し、言語的にテュルク語化が進む。 13世紀にはモンゴル帝国に征服され、このとき多くの都市が甚大な被害を受けるがすぐに復興を果たし、14世紀にはこの地から興ったティムール朝が中央アジアから西アジアに至る広大な地域を征服して大国家に発展した。ティムール朝の衰亡後、北からウズベク人が侵入し、ウズベク3ハン国と呼ばれるブハラ・ハン国、ヒヴァ・ハン国、コーカンド・ハン国を立てる。 これらは19世紀に北からのロシア帝国に征服され、ロシア革命後はソビエト連邦下の共和国を経て、1991年のソ連崩壊によって独立し、同時に独立国家共同体(CIS)に加盟した。独立後、カリモフ大統領が権力を集約し、ほぼ独裁政権となって統治している。 2005年5月13日に東部アンディジャンで発生した反政府暴動鎮圧事件で市民に多数の死者が出たとの情報があり、ヨーロッパ諸国・国際連合などから「人権侵害」との非難が挙がっている。また、これまで反テロの同盟国として協力関係にあった米国も態度を変化させ民主化要求を行い始めている。一方、カリモフ大統領はイスラム過激派による武力蜂起だとして欧米側による報道を批判し、国際調査団を受け入れる考えのないことを表明している。また、2001年のアフガン侵攻以来、米軍の駐留を受け入れてきたが、2005年にこれを解消し、米軍は撤収することとなった。
- 政治国家元首である大統領は、ウズベク・ソビエト社会主義共和国大統領であったイスラム・カリモフが独立以来その職にある。2002年1月に行われた国民投票の結果、大統領の任期は5年から7年に延ばされた。首相と副首相は、大統領が任命する。 議会は、アリー・マジュリス(Oliy Majlis)と呼ばれ、一院制で任期5年、250議席。2002年の国民投票の結果、次期選挙から二院制に移行することとなった。 現在、旧ウズベキスタン共産党から改組されたウズベキスタン人民民主党を中心とする諸政党がイスラム・カリモフ大統領の支持勢力として議会を支配している。カリモフ大統領はウズベキスタンの独立後、自己献身・国民民主党に所属していたが、2007年にウズベキスタン自由民主党に党籍を移した。いずれの政党も、カリモフ政権の支持政党である。
- 地方行政区分詳細はウズベキスタンの地方行政区画を参照 12の州 (viloyat , ウィラヤト)、1つの自治共和国 (respublika , レスプブリカ)、1つの市(shahar, シャハル)に分かれる。
- 主要都市
- 地理面積は44万7千平方km。アラル海に隣接するが、非常に乾いた土地が多く、耕作地域は10%ほどしか無い。残りは岩場と涸れた川の谷からなっている。
- 経済通貨はスム。一人当たりの国内総生産は521ドル(2005年)。これは旧ソ連領各国の中で最低レベル。
- 農業ウズベキスタンは、ソ連時代の計画経済によって綿花栽培の役割を割り当てられた過去があり、そのため近年になって鉱産資源の開発が進むまでは綿花のモノカルチャー経済に近い状態だった。その生産量は最高500万tに達し、2004年度においても353万tを誇る。しかしウズベキスタンは元来降水量が少なく綿花の栽培には向いていない土地であったため、近年においては灌漑元であるアラル海の縮小や塩害などに悩まされている。 また、綿花栽培に農地の大半を割いているため、各種穀物・果実野菜類を産する土地を有しながら、その食料自給率は半分以下である。
- 鉱業ウズベキスタンはエネルギー資源として有用な鉱物に恵まれている。有機鉱物資源では世界生産量の2.2%に達する天然ガス(2175千兆ジュール、2001年)が有望。271万トンの亜炭、379万トンの原油も採掘されている。金属鉱物資源では世界シェア4.9%のウラン(1770トン、世界第7位)が際立つ。鉱業セクターは輸出にも貢献しており、特産物の絹織物につぎ、エネルギー輸出が全輸出額の10.3%を占める。 その他の金属鉱物資源では、世界第9位の金(90トン)、銀のほか、小規模な銅採掘が続いている。リン鉱石も産出する。
- 国民2001年に2515万人。ウズベク人80%の多数を占め、5.5%のロシア人のほか、タジク人(5%)、カザフ人(3%)、カラカルパク人(2.5%)などの多数の少数民族が住む。民族構成で特筆すべき点として、ソ連時代に沿海州から強制移住させられた朝鮮民族が人口の1%にあたる22万人在住しており、「高麗人」と自称している。 ウズベク人を初め多くの民族がイスラム教を信仰する。衣食に関する戒律は緩やかである。基本的に女性は頭髪や足首を隠さない。言語はウズベク語などのテュルク諸語が中心だが、ロシア語を使用する人も多い。
- 著名人
- 文化
- 祝祭日振り替え休日は採用されていない。
上記の他、イスラム教に基く祝祭日。ヒジュラ暦に従って制定されるため、グレゴリオ暦では移動祝日となる。
- 関連項目
- 外部リンク
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